伝説のモンスタークロスディスク、Black Mountain Cycles “MCD”の真髄に迫る

こんにちは、ヒロヤスです。大阪の街を今日も自転車で駆け抜けているアラフォー、デザイナーの僕です。
僕のブログをいつも読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。さて、今回は、僕が自転車の世界に深く魅了される理由そのものである「作り手の哲学」が色濃く反映された一本のフレームについて、じっくりとお伝えしたいと思います。その名は、Black Mountain Cyclesの「MCD」。
このフレームは残念ながら現在は製造終了となっていますが、その魅力は全く色褪せません。むしろ、今だからこそ、このフレームが持っていた本質的な価値や設計思想を振り返ることに大きな意味があると感じています。単なる製品紹介ではなく、一本のスチールフレームに込められたビルダーの情熱と、それが僕たち乗り手に何をもたらしてくれるのか。他のどの記事よりも深く、このMCDというフレームの核心に迫っていきたいと思います。
Black Mountain CyclesとMike Varley氏の物語
MCDを語る上で絶対に欠かせないのが、Black Mountain Cyclesの創設者であるMike Varley(マイク・ヴァーリー)氏の存在です。彼はカリフォルニア州ポイントレイズステーションという、自然豊かな場所で小さなバイクショップを営みながら、自身の名を冠したフレームを設計しています。
Mike氏は、かつてHaroやMasiといった大手ブランドで製品開発やフレーム設計に長年携わってきた人物。最先端のアルミやカーボンフレームもデザインしてきましたが、彼の心を最も掴んだのは、いつだってスチールフレームの持つ乗り心地の良さ、そしてシンプルさでした。
目まぐるしく変わるトレンドやテクノロジーに追われる業界の中で、彼は「もっとシンプルで、純粋にライディングを楽しめて、長く付き合える自転車」を作りたいという思いを強くします。その思いが結実したのが、自身のショップであり、オリジナルブランドであるBlack Mountain Cyclesなのです。彼の作るフレームは、彼自身が顧客との対話の中で得たリアルなフィードバックや、豊かな自然環境でのテストライドから生まれ落ちる、まさに「現場生まれ」の実践的なものばかりです。
MCD (Monster Cross Disc) 誕生の背景
Black Mountain Cyclesを象徴するフレームに「Monster Cross」というリムブレーキのモデルがあります。MCDは、その名の通り「Monster Cross Disc」の略で、文字通りディスクブレーキ版として開発されました。
しかし、Mike氏は単に既存のフレームにディスクブレーキ台座を付け足すだけの安易な設計を選びませんでした。彼自身、リムブレーキのフィーリングを好み、その良さを深く理解しているからこそ、ディスクブレーキ化にあたっては「自分自身が本当に乗りたいと思える、全く新しいバイク」でなければならない、という強いこだわりがあったのです。
MCDは、Monster Crossで培われたジオメトリの基礎(BBドロップやヘッド/シートアングルなど)を受け継ぎつつも、全く異なるフレーム形状と設計思想が与えられました。それは、彼が何百人ものライダーに自転車を組んできた経験から導き出した一つの答えでした。
「多くのライダーは、市販の完成車よりも高いハンドルポジションを好む」。
ステムの下にたくさんのスペーサーを積むのではなく、初めから快適なポジションが出せるように。その思想が、MCDの大きな特徴である「長めのヘッドチューブ」と、それに伴うスローピングしたトップチューブのデザインに繋がっています。これは見た目の美しさだけでなく、乗り手の快適性を第一に考えた、非常に実践的な設計思想の表れなのです。
ジオメトリから読み解くMCDの乗り味
ジオメトリは、自転車の性格を決定づける設計図です。ここではMCDのジオメトリ表を見て、その特徴がライドにどのような影響を与えるのかを掘り下げてみましょう。(現在は後継モデルのMod Zeroのジオメトリが公開されていますが、MCDの思想を色濃く受け継いでいるため参考に掲載します)
Mod Zero ジオメトリ (MCDの思想を継承)
サイズ | 44cm | 47cm | 50cm | 53cm | 56cm | 59cm |
シートチューブ (C-T) | 440mm | 470mm | 500mm | 530mm | 560mm | 590mm |
トップチューブ (有効長) | 530mm | 540mm | 555mm | 575mm | 595mm | 615mm |
ヘッドアングル | 71° | 71.5° | 71.5° | 72° | 72° | 72° |
シートアングル | 74° | 73.5° | 73° | 73° | 72.5° | 72.5° |
BBドロップ | 72mm | 72mm | 72mm | 70mm | 70mm | 70mm |
チェーンステイ長 | 438mm | 438mm | 438mm | 438mm | 438mm | 438mm |
ヘッドチューブ長 | 120mm | 140mm | 160mm | 180mm | 200mm | 220mm |
スタック | 567mm | 588mm | 607mm | 627mm | 646mm | 665mm |
リーチ | 368mm | 366mm | 370mm | 383mm | 391mm | 405mm |
特徴的なポイント
- 長めのヘッドチューブと高いStack値: これがMCDの最も特徴的な部分です。Stack値(BB中心からヘッドチューブ上端までの垂直距離)が大きいため、スペーサーを多用することなく、アップライトでリラックスしたライディングポジションを取ることが可能です。長距離のツーリングやグラベルライドでの疲労を軽減し、同時にオフロードでの視界確保にも貢献します。
- 低めのBBドロップ (70mm or 72mm): BB(ボトムブラケット)の位置が低いことを意味し、自転車の重心を下げます。これにより、特にダートや荒れた路面での走行安定性が増し、コーナーリングでもどっしりとした安心感が生まれます。バイクパッキングなどで荷物を積んだ際のふらつきも抑えてくれます。
- 絶妙なヘッドアングル: サイズによって71〜72°と、クイックすぎず、かといって鈍重でもない絶妙な角度に設定されています。これにより、オンロードでの軽快なハンドリングと、オフロードでの安定性を高い次元で両立させています。
適応身長の目安
フレームサイズ | 推奨身長 (ft’ in”) | 推奨身長 (cm) |
44cm | 5’0″ – 5’5″ | 約 152 – 165 cm |
47cm | 5’4″ – 5’8″ | 約 162 – 173 cm |
50cm | 5’7″ – 5’11” | 約 170 – 180 cm |
53cm | 5’10” – 6’1″ | 約 178 – 185 cm |
56cm | 6’0″ – 6’3″ | 約 183 – 190 cm |
59cm | 6’2″ + | 約 188 cm以上 |
※公式の推奨サイズです。最終的には手足の長さや乗り方によって変わります。
このジオメトリがもたらすのは、速さを追求するレーシングバイクとは対極にある「一日中、どこまでも走っていきたくなるような快適性」と「どんな道にも臆することなく入っていける安定性」です。
フレームの細部に宿るこだわり
MCDはジオメトリだけでなく、フレームの細かなスペックにもMike氏の哲学が貫かれています。
- チューブ: リムブレーキモデルで定評のあった、しなやかで心地よい乗り味を生み出すクロモリチューブが採用されています。路面からの細かな振動を吸収し、長距離でも疲れにくいのが特徴です。
- フォーク: デザイン的にも美しいセグメントスタイルのクロモリフォーク。フォークブレードにはエニシングケージなどを取り付けられる3連ダボも備え、バイクパッキングへの対応力も万全です。
- スルーアクスルとオリジナルドロップアウト: 当時のディスクブレーキ対応フレームとしてはモダンな12mmスルーアクスルを採用。特筆すべきは、Mike氏が既存のドロップアウトに満足できず、Soulcraft Cyclesと共同でオリジナル品を開発した点です。これにより、高い剛性と信頼性を確保しています。
- タイヤクリアランス: 700c x 45mmタイヤに最適化されつつ、最大で50mm幅のタイヤまで装着可能なクリアランスを確保。舗装路から本格的なグラベル、シングルトラックまで、タイヤの選択次第で幅広いフィールドに対応します。
- 堅牢な塗装: 塗装の下には、防錆効果の高い電着塗装(EDコーティング)が施されています。その上にウェットペイントとクリアパウダーコートを重ねることで、非常に傷つきにくく、長く美しい状態を保つことができる、コストをかけた仕上げになっています。
MCDは、こんなライダーにおすすめ
このフレームの魅力は、特定のジャンルに縛られない懐の深さにあります。
- 週末の冒険家: いつものサイクリングロードを飛び出して、地図にない林道やあぜ道に分け入っていくようなアドベンチャーライドを楽しみたい人。
- バイクパッカー: キャリアやバッグに荷物を満載して、数日間にわたる自転車旅に出たい人。MCDの安定性と拡張性は最高の相棒になるでしょう。
- こだわりの通勤者: 日々の通勤を、ただの移動手段ではなく、発見と楽しみに満ちた時間に変えたい人。太めのタイヤがもたらす快適性は、街中の段差も気になりません。
- 本質を求めるサイクリスト: トレンドに流されることなく、一台の自転車とじっくり長く付き合いたい人。MCDのシンプルで堅実な作りは、その期待に応えてくれます。
スピードや軽さだけが自転車の価値ではない、ということを知っているすべての人におすすめしたいフレームです。
ヒロヤス的 おすすめビルドプラン
もし僕が今MCDを組むなら、「クラシックなスチールフレームの美しさを活かしつつ、現代のグラベルシーンで信頼できる性能を発揮する一台」をテーマにします。
- コンポーネント: SRAM Rival 1 のような、シンプルでトラブルが少なく、ワイドなギア比を確保できるフロントシングルのドライブトレイン。
- ホイール: 長く使える手組みホイール。ハブはWhite IndustriesやPhil Wood、リムはVelocityやWTBあたりで、質実剛健な組み合わせに。
- ハンドル: Salsa WoodchipperやSimWorks by NittoのLittle Nick Barなど、オフロードでのコントロール性に優れたフレア形状のドロップハンドル。
- ヘッドセット: フレームの性能を長く維持するためにも、Chris Kingのような高精度・高耐久なヘッドセットを選びたいところ。
- タイヤ: 乗り方に合わせて700x43c前後のグラベルタイヤ(Panaracer GravelKingなど)を基本に。
- サドル: BrooksのレザーサドルやSelle Anatomicaなど、乗り込むほどに馴染むサドルで、旅の相棒感を演出。
機能一辺倒ではなく、ひとつひとつのパーツに物語があるような、所有する喜びを感じられるアッセンブルが似合うフレームだと思います。
まとめ
Black Mountain CyclesのMCDは、単なる「ディスクブレーキ付きのモンスタークロスバイク」ではありません。それは、Mike Varleyという一人の作り手が、長年の経験と自転車への深い愛情を注ぎ込み、「乗り手のことを第一に考えたら、こういう形になった」という、非常に誠実で正直な答えです。
長めのヘッドチューブがもたらす快適なポジション。低重心設計が生み出すどんな道でも安心の安定感。そして、長く付き合えるシンプルで堅実な作り。MCDのすべてが、サイクリストに「速く走ること」ではなく「遠くまで、楽しく走ること」を促してくれます。
製造は終了してしまいましたが、MCDが示した設計思想は後継モデルのMod Zeroに受け継がれ、今も多くのサイクリストを新たな冒険へと誘っています。もし中古市場などでこのフレームに出会う機会があれば、それは素晴らしい自転車体験への招待状かもしれません。MCDは、自転車の楽しみ方が一つではないことを、静かに、しかし力強く教えてくれる、そんな特別なフレームなのです。
この記事を読んで、MCDやBlack Mountain Cyclesの自転車に興味を持っていただけたら嬉しいです。皆さんが考える「理想の冒険バイク」についても、ぜひコメントで教えてくださいね。
それでは、また次の記事で会いましょう!ヒロヤスでした!
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